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翻訳コラム

COLUMN

第266回別の世界に生きている

2015.12.09
通訳・翻訳家 伊藤祥雄

以前、とある中国語テキストの空いたスペースにちょっとしたコラムを書いてほしいという依頼があり、5〜6本書いたのですが、その内の1つがボツにされました。依頼者曰く「編集部の人間の多くが納得できないというので〜。すみません。」とのことでした(笑)。

そのボツにされたコラムはどんな内容だったかというと、日本語の「トマト」の最初の「ト」と最後の「ト」は同じ音ではない、前者は中国語の有気音的で少し鋭く息が出ているが、後者は中国語の無気音的で息はあまり出ていない、というようなことを楽しげに書いたのですが、編集部の人たちには納得できなかったようです。

自分の話している言語を客観的にとらえることは、本当に難しいですね。僕だって、中国語を始めるまでは、「トマト」の最初の「ト」と最後の「ト」が違う音だなんて考えたこともなかったですし、初めてこのことを聞いた時もにわかには信じられませんでした。

しかし、このことは事実なのです。編集部の人たちが納得できようとできまいと、事実なのだから仕方ないですよねー(笑)。

と、まぁ最初は少し憤ったのですが、考えてみるとこういう発音の問題は、文章だけではなかなか伝えきれないのかもしれないなと、反省もしました。

僕たち日本語話者は、清音(無声音)か濁音(有声音)かという世界に生きています。

「タ」という清音が少し濁ってしまうと「ダ」と聞いてしまいます。「蚊(カ)」がいるというつもりなのに、少し濁ってしまうと「蛾(ガ)」がいることになってしまいます。あるうら若き中国人女性と日本語で話していた時、彼女が大好きな日本のアニメは「銀魂(ぎんたま)」だと言った時、その「ぎ」の発音が限りなく「き」に近かったので、聞いているこちらがドキドキしたことがありましたっけ(笑)。

つまり、我々は清音と濁音を区別している、違う音と認識しているわけですね。

しかし、中国語話者は、その清音・濁音の違いには無頓着です。彼らは、息がイッパイでるか(有気音)あまり出ないか(無気音)という世界に生きているからです。

ba」と書いてあっても彼らはそれを濁音と思っているわけではなく、息があまり出ない子音(無気音)だと思って発音しているのです。

だから、同じ無気音でも場合によって我々日本人には清音に聞こえることも濁音に聞こえることもあります。例えば「大 」は僕の耳には清音「ター」というのに近く聞こえますが、「打 」は濁音「ダー」と聞こえます。ピンインは同じなのに、僕たち日本人には違う音に聞こえてしまうのですね。

逆に中国人も日本語の発音には悩みがあるようですよ。

上でもご紹介したように「トマト」の最初の「ト」と最後の「ト」は、中国人には少し違って聞こえるはずです。

実際「たべました」という時の最初の「た」と最後の「た」が同じ音に聞こえないので悩んだという中国人がいました。

人間、ある程度の年齢になってくると、常識にとらわれてしまいがち、とはよく言われることだと思いますが、外国語の発音にたいしても同じことが言えそうです。どうしても日本語の発音体系に中国語の音を押し込めて、なんとかカタカナで理解しようとしてしまう傾向が見られます。それに実際、日本語で使わない音は、区別できなくなってしまうのですよね。

ですから、ちょっと発想を転換して、僕たち日本人と中国人とは別の「音の世界」に生きているのだと思った方がいいと思います。

中国語では、清音か濁音かは区別せず、息が出ているかどうかが重要。つまり、無気音を発音する時、息があまり出てさえいなければ無気音に聞いてもらえます。

正直言うと、日本語は全体的にあまり息を強く出さないで発音しているので、普通に清音で発音すればたいていは中国語では無気音に判定されると思います。

ですから我々日本人が気をつけることは、とにかく有気音をしっかり身につけることだと思います。

無気音はとりあえず、あまり息が鋭く出ないように気をつけて清音で発音すれば、無気音と判定されると思いますし、いっそ濁ってしまっても、まぁ大丈夫でしょう。

しかし有気音は、息がかなり鋭く出ていないと、有気音と判定されません。ですから、我々がまず力を入れるべきは、有気音の発音研究だと思います。

世の中には色々びっくりするような発音体系をもった言語もあるようです。韓国語には日本語の清音濁音もあれば中国語の有気音と無気音も出て来るそうです。

僕はインドの古い言葉を勉強したことがあるのですが、中国語の有気音のような音もありましたし、濁音なのに有気音という音もありました。

色々な言語をかじってみると、日本語の常識が決して世界の言語の常識ではないことがよく分かります。話せるようにならなくてもいいので、いろんな言語を少し勉強してみるのも楽しいと思います。皆さんもどうですか?

伊藤祥雄

1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了

通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当

著書

  • 文法から学べる中国語
  • 中国語!聞き取り・書き取りドリル
  • CD付き 文法から学べる中国語ドリル
  • 中国語検定対策4級問題集
  • 中国語検定対策3級問題集
  • ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本

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