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翻訳コラム

COLUMN

第291回意訳か直訳か

2016.06.15
通訳・翻訳家 伊藤祥雄

ちょっと古い話ですが、2014年に放送されていたNHKの朝の連続テレビ小説『花子とアン』、ご覧になっていましたか?

有名な小説『赤毛のアン』を日本語に訳した村岡花子という人のことを描いたドラマだそうです。

このドラマの中で、花子が女学生時代に英語の授業で教師に少し逆らう(?)ような場面が出てきました。先生(日本人)がテキストの英語本文を日本語に訳した時、その訳に花子が疑問を呈するのです。

その時の英語と、先生の訳と、花子の訳を並べてみますね。

My hair is turning gray.
先生:私の髪は灰色に変わってきました。
花子:私は白髪が増えてきました。

That is a long story.
先生:それは長い物語です。
花子:話せば長いのよ。

花子の訳を聞いて、先生はムッとして、次のように言い放ちます。

「そんなくだけた訳は私の授業では認めません。」

さて、この件を皆さんはどう考えますか?

僕は、語学教師も翻訳もするので、両方の気持ちが分かる気がしました。

花子は書いてある英語を日本語に訳す時、同じ状況ならどんな日本語がより自然かを考えて訳しているような気がしますね。「髪が灰色に変わる」なんて表現は、日本語ではしません。日本語ではそういう場合「白髪になる」というのですよね。

確かに、できた訳文を読むと、明らかに花子の訳のほうが分かりやすいです。より自然な日本語だからですね。

このドラマでは、明らかに花子のことを良いように描いており、先生が悪者みたいになってしまいかねないのですが、しかし翻訳技術を学ぶ授業ならいざ知らず、普通の語学の授業ならば、この先生の言いたいことは僕にはよく分かります。

僕も語学の授業の時は、やはり生徒さんには、まずは直訳してもらいたいと思っています。というのは、直訳すると、日本語としては不自然かもしれませんが、原文の文法構造をちゃんと理解して訳しているかどうかがよく分かるのですね。

語学の授業は、日本語の勉強をしているのではなく、外国語の勉強をする場です。日本語の美しさを磨くのは、後回しでいいのですよね。まずはその言語をちゃんと理解しているかどうか、理解できるようになるかどうか、これが大事なのです。

僕なら、ドラマのような場面では、こんなふうに言うでしょうかね〜。

「この英文は、『私の髪は灰色に変わってきました』と書いてあるのだけど、これは要するに『白髪になってきた』ということを言っているのですね。」

僕は大学で中国語を専攻した後、ちょっと人生に迷った時期があり(笑)、インド哲学を勉強するためにもう一度別の大学に入ったのですが、その時の指導教官は、とにかく原文に忠実に、愚直な訳をするように、と指導しておられました。

先生のサンスクリット原文の日本語訳は、いわゆる「翻訳」という意味では、全く訳に立たない日本語訳でした。でも、我々は外国語を訳す時「こんな意味なんだろうな」となんとなく解釈して日本語訳をしたりしますよね?これが「研究」という意味では非常に危険なのです。なんとなくの解釈は自分の思い込みによるところが多く、実は間違っているかもしれません。それはほんの少しの間違いかもしれない。しかし、更に分かりやすいように日本語を練ってしまうと、ほんの少しの間違いが、どんどん違う方向へ発展してしまうかもしれません。出来あがった日本語訳は、日本語としては自然で素晴らしいものになったとしても、原文を読み間違っていたらどうしようもありませんよね?だから、研究の場では、日本語として不自然でもとにかく直訳しろと指導されたのです。

僕は、翻訳の仕事をする時は、やはりできるだけ自然な分かりやすい日本語になるよう心がけています。しかし、「翻訳」という作業に入る前に、まずは原文を正しく理解することが絶対に欠かせません。それがないと、どんなに美しい日本語でも、失格と言えると思います。

このドラマの英語の先生は、厳しいので有名なようで、言い方もカタクナな感じだったので、このシーンでははっきり「悪者」というイメージで描かれていましたが、この先生の態度は決して間違ってはいないということを多くの人に言いたくて、メルマガに書いてみました(笑)。皆さんはどう思われますか?

あれ?今日のメルマガは中国語がまったく出てきませんでしたね(苦笑)。

伊藤祥雄

1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了

通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当

著書

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