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翻訳コラム

COLUMN

第294回聴覚は絶対ではない

2016.07.13
通訳・翻訳家 伊藤祥雄

この間「-ian」が「イエン」と読まれる、といった話を書きました。それに対してある方から、中国人にそのことを質問しても質問の意図すら分かってもらえないというようなコメントをいただきました。

この方のお話、なるほどなーと思います。彼ら中国人たちの意識では、別に「-ian」を「イエン」と発音しようとは思っていないということなのですよね。すごく面白いです。

皆さんは、自分は自分の耳に聞こえて来る音を正確に客観的に聞き取っていると思っているでしょう?

でも、実はそうでもないのです。このことに気づいた時、僕は愕然としました。

僕たち人間は、自分の母語で使わない音がうまく聞きとれなくなるらしいです。

そして単に聞きとれないだけではなく、自分の母語の発音体系に無理にその音を押し込めて、自分の分かる音として勝手に変換して聞いてしまうようです。

例えば、英語の l(エル)と r(アール)、英語ネイティブからすると全く違う音なのだろうと思いますが、我々にとっては正直そんなに違うように聞こえません。特にナチュラルスピードで話されたら聞きわけはまず無理。語彙力でカバーするしかありませんよね?

我々は l(エル)も r(アール)も「ラリルレロ」の音として聞いてしまうのです。日本語の発音体系を元に英語の発音を判定するからこうなるのですね。

他に、世界には「ナニヌネノ」と「ラリルレロ」の区別が無い言語があります。中国の南方もその傾向があります。そういう人々にとって日本語の「さようなら」はとても難しいようです。その昔、重慶在住の中国人に「再见」の日本語を教えてくれと言われて「さようなら」という言葉を教えようとしたのですが、何度言っても「さようらら」のようになってしまうのですね。彼らの頭の中では「ら」も「な」も同じように聞こえているのでしょう。我々からすると、どうして「ら」と「な」の区別が分からないのか不思議ですよね?でも自分の言語で使わない音は聞き取れなくなるのです。人間の聴覚って結構いい加減なのです。

また、例えば、ある音を「ア」と判定するのか「エ」と判定するのか、その境界線も各言語によって違うのだろうと思います。

「ア」と「エ」って僕たちにとっては全然違う音ですが、「ア」と「エ」の間には「ア」と「エ」の中間の音が無数に存在します。音のグラデーションですね。その中間の音たちの中でどこまでを「ア」と判定し、どこからを「エ」と判定するのか、それは多分各言語で違います。

まして中国語には「エ」と発音する単母音はありませんよね?そんな彼らに「-ian」の「a」は「エ」になるでしょ?と尋ねても「は?」ということになるのでしょう。

実は、「-an」も「-ang」に比べるとかなり「エン」に近い「アン」になります。でも我々の耳ではまだ「アン」と判定される程度ですがね。

ではどうして「エン」に近くなるかというと、「-n」を発音する時に舌先を上の歯の裏辺りにくっつけて発音するため、口の中が狭くなってしまって「エ」に近くなるわけです。

そして更に前に「i」がくっついて「-ian」となるとどうなるか。「i」も口の中が狭くなっているのはおわかりだろうと思います。つまり「-ian」は、「a」が口の中の狭くなってしまう「i」と「n」に挟まれてしまい、「a」も口を大きく開くことが出来なくなりもっと「エ」に近くなります。我々日本語ネイティブにとっては、それはすでに「エ」と判定してしまう程度まで「エ」に近づいてしまうというわけです。

だから我々日本語ネイティブが中国語を勉強する時には「-ian」は「イエン」ですよと言われないと正しい発音にならないわけです。

でも中国語ネイティブにとっては、「エ」と発音しようと思っているわけではなく、いわば偶然の産物なのです。実際、中国人にゆ〜っくり発音してもらうと、「-ian」も「イアン」のように発音していることがわかると思います。中国人だって本当は「イアン」と言いたいけど、普通の速さで話すとそこまで口を大きく開けられないので「イエン」のようになってしまうのですね。

でも彼ら中国人の頭では別に「ian」の時にわざわざ別の音に変えているという意識はないのです。たまたま「a」が狭い音と狭い音の間に入ったから「a」も狭い音になっているけど別に違う音にしたつもりはない、ということなのでしょう。

これを以って「中国人って耳がおかしい」とは思わないでくださいね。どの言語を話す人も同じなのです。我々はこと「-ian」については中国人より鋭い耳を持っていると言えるかもしれませんが、有気音か無気音かは本当に判定しにくいでしょう?

僕が言いたいのは、自分の耳がそうそう信じられるものではない、ということです。新しく外国語を学ぶ時は、自分の持つ発音体系をできるだけ取っ払って、新しい言語の音を素直に受け入れたいですね。難しいですけど。

伊藤祥雄

1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了

通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当

著書

  • 文法から学べる中国語
  • 中国語!聞き取り・書き取りドリル
  • CD付き 文法から学べる中国語ドリル
  • 中国語検定対策4級問題集
  • 中国語検定対策3級問題集
  • ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本

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