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翻訳コラム

COLUMN

第302回スティックとステッキ

2016.09.07
通訳・翻訳家 伊藤祥雄

現在北京に駐在している教え子さん(と言っていいのかな?発音の手ほどきだけ少し教えさせていただきました)から、赴任して2カ月くらいのころにメールをいただきました。ちょっとしかお教えしていないのに、とても律儀な人ですよね〜。

今の北京は色々と楽しそうですねぇ。おいしそうなレストランもたくさんあるみたいですし、信頼のおけるマッサージ店やフィットネスクラブもあるようで、お金さえあれば楽しく暮らせそうですね。僕が留学していた20数年前とはずいぶん違うんだなぁと思いました。いや、当時だってお金さえあれば楽しく暮らせたのかもしれませんね。僕が知らなかっただけかも(笑)。

それはさておき、彼は当時「行! xíng」の発音が気になっていたようです。

彼は当時中国語がほとんどできないにもかかわらず、日本人の一人もいないオフィスに送りこまれていました(業務は基本的に英語で行うので大丈夫だそうです)。だから周りでは中国語が飛び交っているのですね。そんな彼、最初は「シオン」のように聞こえていた言葉が、実は「行!」だったことに、2カ月くらいして気づいたのだそうです。

でも、ピンインはxíngです。xióngでもないしxiángでもない。しかし、「i」と「ng」の間に、明らかに何か別の母音があるように聞こえる。単母音の「e」の発音のようにも聞こえるけど、xiengなんていう綴りは無いし、、、ということで、とても気になったのだとか。

彼はオーボエを趣味でやっておられるだけあって、やはり耳がいいのでしょうね〜。

正にその通りなのです。「-ing」は「-i」という口の中の狭くなる母音を発したあと、急いで口の中を広く保つ「ng」を発音しなければなりません。口の中の広さのギャップが非常に激しいのですね。だから、「i」と「ng」の間にどうしても何かの音が介在してしまうのです。

しかしこれは、しっかり「ng」の音をさせるように意識しなければ絶対に起こりません。多くの日本人にとって、「n」と「ng」の発音の違いは、よく分からないものなので、その内気にしなくなっていきますよね。きちんと区別しなくてもある程度は通じますしね(苦笑)。

ですから、我々は「xíng」という綴りを見て、「i」の後に「ng」を言うなんて、口の中の広さが全然違うから大変だ〜などと思うことはまぁありません。特に気にすることもなく、ふつうに「シン」と適当に読んでしまいます。

だって、「x」は「シ」みたいな子音でしょ?「i」は「イ」で、「ng」は「ン」なんだから、くっつけたら「シ〜ン」でしょ?

と言われたら、まさにその通りなのですがね(苦笑)。

我々現代日本人は、結構綴りにとらわれることがあるな〜と最近よく思います。

数年前、ある合唱団が上海の合唱団と交流会をするために上海に行く、その時中国語の歌も歌いたいから発音指導しに来てほしい、なんてことを頼まれたことがありました。

実際に行ってみると、なぜだか中国人の声楽家という人が来ていて、その人が指導してくれたので僕は出る幕が無かったのですが(笑)、その時みんな無気音に悩まされていました。ある男性が質問をしました。

「あの〜、ここの『不』という字は、buと書いてありますが、『ブ』じゃないんですか?『プ』なんですか?」

その声楽家さんは、男性の質問の意味が分からなかったようで、中国語らしい発音で「bù」と何度も読んで聞かせ、多くの人は自分の勝手な(?)判断で「ブ」だと思い込んだようでした。

結局ね、みんな「bu」って書いてあるから「ブ」だと思おうとしていたみたいなんですよね。本当は、どちらかというと「プ」に近く聞こえていたはず。だからこそその男性は質問したわけですよね?もし「ブ」聞こえていれば何も疑問に思わなかったはずですから質問もしなかったはずです。

でも字面は「bu」です。そこで何度も先生の発音を聞いて、何度か聞くうちにふと「ブー」と聞こえた気がしたのでしょう。「ああ、やはり『ブー』だね」とささやき合って、なんとなく納得したみたいでした(苦笑)。

その声楽家さんも言語学者ではありませんし語学教師でもなかったので「有気音」だとか「無気音」だとかいうような説明は皆無。そうなると、もう我々は自分の言語の発音体系に中国語の発音を無理矢理あてはめて理解するしかなくなっちゃうんですよね〜。

これがもし、アルファベットなどの知識がなく、耳だけに頼って発音を習得しようとしていたら、また様子は変わったでしょうか?

たとえば、昔の日本人はアルファベットで日本語を表す方法など無かったでしょうから、オランダ語や英語の発音も聞こえたように転写するしかなかったはずです。例えば英語の「stick」という単語。

今の人ならだれでも、この単語をもしカタカナで書くなら「スティック」と表記するでしょう?

でも、昔の日本人はこの単語を聞いて「ステッキ」と表記したわけです。

実際、英語の「i」の音は、「イ」よりも「エ」に近いと聞いたことがありますし、実際そう聞こえます。stickという単語を英語ネイティブの人に発音してもらうと、確かに場合によっては「ステッキ」と聞こえなくもないかもしれません。

でも今の日本人はローマ字で日本語表記をする場合「i」は「イ」だと習うので、たとえ「ステッキ」に近く聞こえたとしても「stick」という綴りを見たら、「ああ、『テ』って聞こえたけど本当は『ティ』だったんだ〜」と思って「スティック」と表記してしまうのでしょうね。

何も知らない状態で、ただ聞こえてきた音を真似てみる、これが語学の理想ではありますよね。我々はなまじアルファベットを知ってしまっています。だから、中国語のピンインを覚える時も、どうしてもアルファベット(特に日本語のローマ字表記)に引きずられてしまって、「xíng」を「シン」と言ってしまうわけです。

もちろん、最初から色々考えるのは大変だから、最初は「シン」でいいです。でも、周りの中国人がそうは発音していないなと思ったら、そこで悩むのではなく、周りの中国人の発音を真似ていってほしいのです。そうすれば、加速度的に発音もよくなり、リスニングもよくなるはずです。お互い頑張りましょうね!

伊藤祥雄

1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了

通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当

著書

  • 文法から学べる中国語
  • 中国語!聞き取り・書き取りドリル
  • CD付き 文法から学べる中国語ドリル
  • 中国語検定対策4級問題集
  • 中国語検定対策3級問題集
  • ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本

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