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翻訳コラム

COLUMN

第315回言葉は文化を背負っている

2016.12.07
通訳・翻訳家 伊藤祥雄

皆さんはきっと初心者のころにこんな文を見たことがあるでしょう?

请你吃饭。
qĭng nĭ chī fàn
どうぞご飯をお食べください。

「请 qĭng」は命令文にくっついて、丁寧なニュアンスを添える、というように説明されることが多いと思いますが、実はこれは使役動詞の一種です。使役といっても丁寧な使役とでも言いますか、「〜させる」ではなく「〜してもらう」というような意味ですね。

つまりこの文は、最初に主語の「我」が省略されていると文法的には解釈するわけです。直訳すると「私はあなたにご飯を食べてもらう」という感じでしょうか。

でも、もしその省略された「我」を実際に復活させるとどうなるでしょうか。つまり:

我请你吃饭。
wŏ qĭng nĭ chī fàn

実は、こういうふうに言うと「私があなたに食事をおごる」という意味になってしまうのですね。言っている場面も、前者は料理を目の前にして「さあどうぞ!」と言っている場面が思い浮かびますが、後者は料理は出て来る前に「今日は俺がおごるよ」と言っている気がします。

面白いですねぇ。前者は後者の文の主語が省略されているだけなのに、使う場面も意味するところも微妙に違う。こういうこともあるのですね〜。

ところでこの「请 qĭng」、どうして「おごる」という意味が出てくるのでしょうか。なんだか不思議ですよね。漢字の意味から考えても、金銭がともなう「おごる」という行為になりそうな気がしません。でもじっさいには後者の文では支払が発生することが多いのです(笑)。

「请 qĭng」はそもそも「〜してもらう」という、丁寧な使役の意味しかなかったのだろうと思います。実際、次の文は、「おごる」という意味ではもちろんありません。

你请他看看你的画儿吧。
nĭ qĭng tā kàn kan nĭ de huàr ba.
彼にあなたの絵を見てもらいなさいよ。

しかし、「してもらう内容」が「食べる・飲む」的なことだった場合、たいていは「おごる」ことになるようです。なぜでしょうねぇ。

日本語で「あなたに食べてもらう」と言う場合、「私」が「あなた」におごるかどうかまでははっきり言えていません。おごる場合もあるでしょうが、「食べてもらう」イコール「食事をおごる」ということには、必ずしもならないように思うのです。

これは、やはり中国の文化が関係しているような気がしますね。

ご存知のかたも多いでしょうが、中国では割り勘ということをあまりせず、誰かがホストとなって、食事をおごったりするわけです。お金を誰が払うかが、日本よりも結構はっきりしているのですねぇ。だから、「私があなたに食事を食べてもらいます」と言うだけで「私がおごります」という意味まで出て来てしまうのでしょう。

こういうように、言葉はそれぞれの文化を背負っているということができると思います。その文化を知らなければ言葉の本当の意味を知ることは難しいと思います。

ところで、「谢谢 xiè xie」と言われた時に返す言葉で最もよくテキストに出て来るのは、多分これですかね?

不客气!
bú kè qi

日本語では「ありがとう」と言われると「どういたしまして」と言うので、「不客气」は「どういたしまして」と訳されることが多いですが、これは意訳です。直訳するとどうなるかというと「遠慮しないで」というような感じでしょうか。

そう。「客气」は、元々は「遠慮する」というような意味なのです。

日本の社会では、「ありがとう」とお礼を言うことは、わりと日常茶飯事ですよね。そんなに遠慮深い人でなくても「ありがとう」くらいは結構言います(笑)。だから、「不客气」の元の意味「遠慮しないで」というのを生徒さんにお教えすると、中にはピンと来ない人もいるようです。「ありがとう」と言うことがどうして遠慮していることになるのか、と。

中国では、「谢谢」というようなきちんとした(?)挨拶をするのはよそよそしい他人だけで、親しい間柄でそんなことを言うのは「水臭い!」ということになるような、そんな文化的土壌があります。だから「谢谢」と言われると「ちょっとやめなよ、そんな他人行儀な!」ということになり、「不客气」という言葉が出て来るのでしょうね。

直訳すると意味がよく分からないな〜と思うことも、背景の文化を知れば納得できることもたくさんあると思います。何か気がついたら、また皆さんにもご紹介しますね。

伊藤祥雄

1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了

通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当

著書

  • 文法から学べる中国語
  • 中国語!聞き取り・書き取りドリル
  • CD付き 文法から学べる中国語ドリル
  • 中国語検定対策4級問題集
  • 中国語検定対策3級問題集
  • ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本