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翻訳コラム

COLUMN

第10回日本における自由技術の抗弁

弁理士・知的財産翻訳検定試験委員 藤岡隆浩
シリーズ「特許法の国際比較」

1.フォルムシュタイン抗弁と自由な技術水準の抗弁の相違点

フォルムシュタイン抗弁が均等の範囲における侵害を問題とするのに対し、自由な技術水準の抗弁が文言の範囲における侵害を問題とする点で、両者は、大きく相違します。この相違は、三権分立との関係で裁判所の判断に大きな影響を与えます。

2.両抗弁と三権分立の関係

(1)フォルムシュタイン抗弁

フォルムシュタイン抗弁は、その認定において三権分立上の問題を生じさせません。均等の範囲は文言の範囲の外の領域の話なので、均等の範囲に公知技術が存在するとの認定は、特許の有効性に直接的には関係しないからです。

(2)自由な技術水準の抗弁

自由な技術水準の抗弁は、その認定において三権分立上の問題を生じさせます。文言の範囲に公知技術が存在するとの認定は、実質的に新規性が無いという事実に直結する認定です。したがいまして、特許法第104条の3の制定前においては、行政機関たる特許庁の権限によるべき行為だったからです。

3.文言の範囲に公知技術が存在する場合の各国における取り扱い

(1)ドイツ

自由な技術水準の抗弁は認められません。連邦特許裁判所で特許を無効にする必要があります。連邦特許裁判所では、3人の技術判事を含む5人の判事によって有効性が判断されます。3人の技術判事は、その全員がドイツ特許商標庁の審判官経験者です。厳格なドイツらしいやり方です。文言の範囲において自由な技術水準の抗弁が侵害裁判所で認められた後で、連邦特許裁判所で「有効」という判決がでたら困りますものね。
ただし、連邦特許裁判所の方から直接伺った話では、連邦特許裁判所とドイツ特許商標庁の強い結びつき故に逆に三権分立上の問題を指摘する意見もあるそうです。

(2)米国

米国の連邦裁判所は、侵害訴訟において、特許を無効として扱うことができます。ただし、米国特許は、有効であると推定されているので(米国特許法第282条)、明瞭かつ確信的証拠(clear and convincing evidence、90:10)、すなわち、明瞭に相手方の主張を圧倒する説得力がある証拠でなければ特許を無効にできません。これに対して、米国特許商標庁では、証拠の優越性(preponderance of the evidence、50:50)に基づいて有効性が再審査されます。
このように、米国法は、立証負担に差を設けて、行政機関の判断を尊重するともに法的安定性を保っているように思えます。閾値(立証負担)に差を設けて、特許庁における再審査ルートと裁判所での判断に齟齬が生じないようになっています。すなわち、同一特許に対する同一先行技術に関するケースでは、米国特許商標庁で無効が判断され、裁判所で有効と判断される場合はあるが、逆の判断は、起こりにくいという建前ですね。米国らしい合理的な方法です。

(3)英国

英国の裁判所は、侵害訴訟において、特許を無効として扱うことができます。ただし、特許権者は、特許権の侵害訴訟の係属中においても特許庁に対して補正手続きを行うことができるので(英国特許法第75条)、手続き面において被疑侵害者側と特許権者側の攻撃防御のバランスが図られています。

このように、私の知っている範囲では、文言の範囲における自由な技術水準の抗弁(特許の有効性の判断をスキップして非侵害を判断)を認ている国はありません。

3.日本における取り扱い

(1)フォルムシュタイン抗弁(均等の範囲)

ボールスプライン事件の最高裁判決(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決)において、均等論の要件(第4要件)として、「対象製品等が、特許発明の出願時における公知技術と同一、または公知技術から容易に推考できたものではないこと。」と判示されました。これは、フォルムシュタイン抗弁と実質的に同じ考え方に基づくものです。

(2)自由な技術水準の抗弁(文言の範囲)

日本においても、文言の範囲における自由な技術水準の抗弁は採用されず、代わりに、特許法第104条の3が制定され、裁判所が特許の無効を判断できるようになりました。自由な技術水準の抗弁は、特許の有効性を判断することなく、権利行使できないとするものですが、特許法第104条の3によれば、特許の有効性の判断を必ず経由して権利行使できないとしています。
特許法第104条の3は、特許法第104条の3の「無効にされるべき」の解釈をキルビー判決の「明らか」を根拠として適切に判断すれば、米国制度と同じような合理的な運用が可能です。日本の民事訴訟では、米国のような立証負担のレベルの概念が見当たらないので、予めキルビー最高裁判決で「明らか」と言っておいて法改正で特許法第104条の3を導入するのは、日米の民事訴訟制度の相違を踏まえた用意周到なやり方にも思えます(私見)。これにより、やろうと思えば米国の制度のようにも運用できるし、日本の産業政策に応じて柔軟に調整することもできます。頭が良いですね。

(3)権利濫用の抗弁

このように、日本では、自由な技術水準の抗弁の代わりに、権利濫用の抗弁を法源として無効の抗弁が初めて認められました(キルビー最高裁判決)。権利濫用の抗弁は、民法の伝家の宝刀ともいわれる民法1条3項に基づくものです。民法1条3項は、古代ローマ法における「シカーネの禁止」に端を発する長い歴史に裏打ちされた条項です。

藤岡隆浩

弁理士・知的財産翻訳検定試験委員
日本弁理士会 欧州部長および国際政策研究部長を歴任