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翻訳コラム

COLUMN

第12回中国における自由技術の抗弁(その2:改正についての推察)

弁理士・知的財産翻訳検定試験委員 藤岡隆浩
シリーズ「特許法の国際比較」

以下は、個人的な推察(趣味?)として改正の意図を探ってみました。

1.改正の背景

(1)背景(従来)

従来は以下の通りでした(出典:特許権侵害の抗弁に関する中日比較調査報告書、JETRO)。
自由技術の抗弁に関する条文がなく、下記の北京市高等裁判所「特許権侵害判断における若干の問題に関する意見」(略称「意見」2001)がありました。

  • 100.公知技術の抗弁とは、特許侵害訴訟において、侵害被疑物件(製品又は方法)が特許の請求項に記載された発明と均等であり、被告が答弁し、かつ証拠を提出して侵害被疑物件(製品又は方法)が1件の公知技術と均等であることを証明できる場合、被告の行為は原告の特許権への侵害に該当しないことをいう。
  • 101.公知技術を利用して非侵害の抗弁を行う場合、その公知技術は、特許出願日以前から公知の、単独の技術、または当業者にとって公知技術である自明で簡単な組み合わせからなる技術でなければならない。
  • 102.公知技術の抗弁は、文言侵害の場合に適用せず、均等侵害にのみ適用する。

(2)実務

「意見」2001公布後の侵害訴訟の審理において、各地各階級のほとんどの裁判所は「意見」2001第100〜103条を参照して裁判していたようですが、「意見」2001に従って審理するのではなく、文言侵害まで公知技術の抗弁の適用を認めた裁判所もあるようです(中日比較調査報告書)。
さらに、対比の方法については、被疑侵害物、公知技術、および特許発明の三者で比較を行い、被疑侵害物が公知技術と特許発明のいずれに近いかで判断する三者比較法(三者対比)と、被疑侵害物と公知技術の比較(二者対比)を行う方法とが中国では使用されてきました(中国の均等論についての一考察(郭煜著):パテント2009)。

2.諸外国の動向(自由技術の抗弁)

(1)裁判所の取り扱い

日米独では、文言の範囲において自由技術の抗弁を認めず、前述のように無効の認定(あるいは無効判決)を介して非侵害と判断してきました。一方、均等の範囲では、日米独では、それぞれ均等の要件、仮想クレーム理論、およびフォルムシュタイン抗弁として自由技術に基づいて非侵害とされてきました。

(2)学説(中山信弘先生)

1.現在の立場

無効の抗弁を認める実質的根拠は公知技術の抗弁とほぼ同様であり、無効の抗弁が認められれば、公知技術の抗弁の役割は終えたといえよう(特許法第2版(中山信弘著)P.340:平成24年9月15日)。

2.従来の立場(無効の抗弁が認められる前)

解釈論としても、公知技術の抗弁(自由技術の抗弁)を認めることが妥当と考えられる。公知技術の抗弁とは、クレームとは関係なく、すなわち対象物件が特許権の権利範囲に属するか否かを問わず、自己の実施している技術が公知技術であれば侵害を免れるというものである。(中略)裁判所と審判との結論の乖離はできるだけ避けるべきであるし、また裁判所間の結論もできるだけ統一されるべきであるし、また知的財産の専門部を持たない裁判所においても容易に判断しうるような基準を立てるべきである。そうであるならば、公知技術と、それから進歩性のない技術について裁判所で判断することは、特許庁での審査を再審査するに等しいこととなり、裁判所にとって荷が重すぎるし、却って時間も必要となろう。したがって、公知技術の抗弁が認められるのは、公知技術とそれに近似していることが明白な技術に限定されると解すべきである(工業所有権法(上)第二版(中山信弘著)P.411:平成10年9月30日、下線追加)。

ここでは、自由技術の抗弁は、以下の2つの重要なポイントを有しているように思われます(私見)。

  1. 自由技術の抗弁は、クレームとは関係なく、対象物件が公知技術の範囲内であれば非侵害とする(二者対比)。非常に合理的な考え方ですね。
  2. 自由技術の抗弁は、公知技術とそれに近似していることが明白な技術に限定されるべきである。審判の判断との齟齬を回避するための現実を踏まえた考え方ですね。

3.法改正後の中国特許法

法改正で以下の条文が新規に導入されました。

(1)条文(新規)

第62条特許権侵害紛争において、侵害被疑者が、その実施した技術又は意匠が公知技術・意匠であることを証明できる場合、特許権侵害に該当しない。

(2)解釈

「特許権紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する最高裁判所の解釈」(略称「解釈」2010)

第14条

特許権の権利範囲に属すと訴えられたすべての構成要件が、1件の公知技術の構成要件とそれぞれ同一、又は実質的相違がない場合、裁判所は、侵害被疑者が実施した技術は、特許法第62条にいう公知技術に該当すると認定するものとする。
侵害被疑意匠が、1件の公知意匠と同一、又は実質的相違がない場合、裁判所は、侵害被疑者が実施した意匠は、特許法第62条にいう公知意匠に該当すると認定するものとする。

(3)改正前(北京市高等裁判所「2001」229号他)との対比

1.対象となる範囲

改正前は、文言侵害の場合に適用せず、均等侵害にのみ適用するとされていましたが(102条)、改正後は、均等侵害との限定がなく、文理上は文言の範囲でも適用されると考えられます。これにより、自由技術の抗弁は、二者対比が可能となります。侵害被疑物件がクレームの文言の範囲外であるか否かの判断が不要となるからです。

2.対比方法

改正前は、i)「侵害被疑物件(製品又は方法)が1件の公知技術と均等(100条)、ii)公知技術は、特許出願日以前から公知の、単独の技術、または当業者にとって公知技術である自明で簡単な組み合わせからなる技術でなければならない(101条)。」とするのに対し、改正後は、「すべての構成要件が、1件の公知技術の構成要件とそれぞれ同一、又は実質的相違がない場合」とし、文理上は狭くなっているように読めます。

3.対比対象

改正前は、三者対比と二者対比のいずれにも限定されていませんが、「すべての構成要件(被疑侵害品)が、1件の公知技術の構成要件とそれぞれ同一、又は実質的相違がない場合」とし、文理上は二者対比に限定されているように読めます。「すべての構成要件」は、「特許権の権利範囲に属すと訴えられた」ものであり、訴えの内容で確定するものと読めるからです。

4.私見

中国の裁判所では、日米独と相違し、自由技術の抗弁が認められてきました。しかしながら、自由技術の抗弁は、法定されておらず、解釈や運用にもバラツキがあったようです。したがって、中国特許法の改正では、これまでの裁判実務を尊重しつつ、学説等を考慮して自由技術の抗弁の解釈や運用の統一を図ろうとしているようにも思えます。

藤岡隆浩

弁理士・知的財産翻訳検定試験委員
日本弁理士会 欧州部長および国際政策研究部長を歴任