THINK POSITIVE
INTERVIEW
Satoshi
Masutani

コミュニケーションにおける多文化理解の重要性

立教大学副総長 観光学部教授 舛谷 鋭 先生
PROFILE
1964年東京生まれ。1990年早稲田大学を卒業後、東洋大学にて修士課程修了。日本学術振興会特別研究員、早稲田大学助手を経て、1998年立教大学ランゲージセンター講師。その後1999年に社会学部講師、2006年観光学部助教授を経て2008年同教授。ランゲージセンター長補佐、メディアセンター副センター長、国際センター副センター長、学生部長を歴任。2019年秋より副総長に就任。

多文化関係を研究する上での翻訳

舛谷先生は、インターブックスとは以前からつながりがおありなのですね。

そうですね。インターブックスの創業の時期に多言語DTPの内製化について、代表の松元氏とずいぶん議論を交わしました。Windows2000以前のPCはマルチリンガルではなかったので、多言語スクリプトを混ぜることができなかった。英語やドイツ語など256種類の文字のみで構成される1バイト言語は問題ないのですが、日本語や中国語、それに韓国語などいわゆるCJKは2バイト言語で、組版や印刷の際の課題や問題点がたくさんありました。私は独自にいろいろな調査をして、ずいぶんアドバイスをしましたよ。中国語や韓国語の組版ができる。それは翻訳会社としては大きなアドバンテージになると感じていましたし、今その通りになりましたね。

先生のご専門である、東南アジアの地域研究とはどのようなものですか。

地域研究というのは、交流文化学科が創設されたときの核となった研究領域の一つです。簡単にいえば、地域についてテーマをもって切り込んでいくという学問です。観光にはホストとゲストという分け方がありますが、ホスト側の文化、資源のことを深く知ることが何よりも求められます。その上でゲストがホスト地域においてどのように行動するかを知ることが大切で、そのためには「多文化関係」が研究のキーワードになります。

多文化関係の研究には当該国の文化理解も求められます。先ほどお話ししたホスト側の歴史や資源を知ることが大前提ですので、そのためフィールドワークに加え、翻訳されたものを含め書物に頼ることが多くなります。

多文化関係がキーワードで、ご専門が東南アジアでは、得意の中国語が役立つ機会も多いでしょうね。

得意ということにしておきましょうか(笑)。私は結婚が早かったこともあって、留学経験がなく、中国語の学びはすべて日本国内で行っていました。それでも今日まで研究に携わってこられたのは、おそらく耳が良かったからでしょう。聞くことに関してストレスを感じずにすんだことが大きかったです。話す方に関してはネイティブのように話せるかと聞かれれば、あまり自信はありませんが。

翻訳書にもたくさん触れてこられたと思いますが、良い翻訳とは。

わかりやすいところでは、センテンスの長さです。中国語にしても英語にしても、説明的に翻訳されたものはとかく長くなりがちです。それは下手な翻訳だと思いますね。適切なワードが見つけられれば長い説明は必要なくなります。中国語は特に凝縮力のある言語ですので日本語にすると倍くらいの長さになってしまうのが普通ですが、それを1.5倍くらいの尺で言い切ることができれば、良い翻訳と言えると思います。

ライフスナイダー館
立教大学副総長 観光学部教授 舛谷 鋭

愛の前では無力なAI翻訳

昨今、AIによる翻訳が幅をきかせてきました。将来、人による翻訳は機械翻訳に取って代わられてしまうのでしょうか。

最近、松元氏ともそれについて議論することが多くなりました。求められるコミュニケーションの深さにもよるということでしょうか。インバウンドで訪日された方々がお店にやってきたとして、そこで商いがスムーズに進むには、機械翻訳で十分ですよね。たとえば立教大学は例年、『ツーリズムEXPO』という観光関連の展示会に出展していて、2019年は大阪で開かれました。空き時間に大阪駅周辺を歩いていると、中国の方がたくさんいらっしゃるんですね。大阪を含む関西地域は、国内トップのインバウンド人気だそうなので予想はしていたのですが、驚いたのは店舗の対応です。中国語は門外漢とおぼしき高齢のおばさんたちが音声翻訳機を使って接客をしているんです。中国語を話せる留学生スタッフを多数揃えているのかと思いきや、大半の店舗がそうした“システム”を導入していました。さすがに、時代を感じました。

プライベートでのコミュニケーションで音声翻訳機頼みは悲しいです。

そうですね。逆にプライベートの場合は、外国語のスキルが中途半端でも伝わります。ゼミの留学生からシンガポールでの恋人同士の話を聞いたのですが、シンガポールでは、英語でもない中国語でもない、ピジン言語的な語らいで愛情表現を行っているというのですね。ピジン言語というのは、異なる言語の合成語のようなものです。そういった言葉を使って、しっかりとお互いの気持ちを受け止めて関係が成立しているそうです。私はそこに人のコミュニケーションの奥深さがあると思うんですよ。「愛情」を表現するって、コミュニケーションシーンのなかでもとても大切な局面ですよね。つまり、人が持つ熱意や体温、タイミングなどが語学スキルを補ってしまうわけです。そこで「AI時代の翻訳」に関する回答につながるのですが、コミュニケーションシーンによって、AI翻訳の出番や必要性は変わってくるということです。恋人たちの語らいの前ではAI翻訳は無力です(笑)。

シンギュラリティが訪れるとき

アカデミックや書籍の翻訳についてはどうでしょうか。

ひとつはっきりさせておいたほうがよいのは、「話し言葉」と「書き言葉」のコミュニケーション上の違いです。「書き言葉」が求められるビジネスシーンで「話し言葉」的なAI翻訳がでてくると、特に日本人には受け入れられないでしょう。日本人は書き言葉の正確性や厳密性に敏感だからです。だから「標準語」という錦の御旗が立つんです。でもそれとは対照的に、中国は「共通語」として翻訳が受け止められます。「標準語」というのは、細い帯に合わせていくようなイメージ。一方の「共通語」は太い帯のどこかにひっかかっていればよい、そんな感覚です。そう考えると、標準語による翻訳や背景理解が求められるアカデミックや文学の翻訳などで、早急にAI翻訳が人による翻訳を凌駕することはないのではないか、と現時点では思いますね。

「現時点では」…ですね。

そうです。「現時点では」と予想するしかないです。やがてAI技術が人類の知を凌駕する「シンギュラリティ(技術的特異点)」に達したときは、AIが文脈や全体の背景理解も平然とこなしてしまうかもしれない。だから、AIの精度の進捗には注目していく必要があると思います。こう言いますのも、立教大学は2020年4月、大学院に「AI研究科」を創設することになっていて、副総長という立場からもAIには目が離せないんですよ(笑)。

立教大学の大きな経営戦略ですね。

そうです。AIを分水嶺の技術と認識した経営戦略の一環です。立教大学ではAI人材を確保したのち、その方々に全学的な教育のなかでAI教養講義をしてもらう構想を持っています。当然、理系だけではなく文系の学生に対しても行いますし、社会人の方々にも門戸を開いていく予定です。これは個人的な話になるのですが、かつてゼミ生を対象に大企業の人事部と連携して試験的にAI採用の効果測定を行ったことがあります。今ほどAIが注目されていないころでさえ、人事領域とAIの相性は非常に良いと感じました。それが2012年のことです。これからは人事領域以外でもAIは活用されていくでしょうし、もちろん翻訳の分野でも精度は向上していくでしょう。すでに、下手な翻訳であれば即座に凌駕される、そんなレベルになっているかもしれませんよ。

AIは人びとを不幸にするか

凌駕されていく仕事、残り続ける仕事、二極分化されそうですね。

週刊誌などでもよく特集されていますね。私も近頃、学生から質問されるようになりました。ただ、「人を不幸せにするAIは意味がない」と思っていますし、学生にもそのように話しています。

AIを駆使する側、AIに翻弄される側、と考えるとわかりやすいかもしれません。あらゆる人がいずれにも属する可能性があります。現在、AI技術によって企業を発展させようとしている経営者が、いつしかAIに翻弄されてしまうときがあるかもしれないということです。そうした、誰にでも起こりうるような悲観的な未来に帰結してしまう技術進化は、ある時点で停滞してしまうと思うのです。今、企業や大学が取り組んでいる「働き方改革」も本質的には人を幸せにするために行われていて、そのためのツールとして定型的な業務を職場からなくすAIが脚光をあびているにすぎません。AIはあくまでも手段であって目的ではありません。ですから、もしAIが人を不幸せにするのであれば、経営層によってAI化を「行わない」「やらせない」などの倫理的な判断が下されるべきでしょう。だから、そんなに悲観することはないと思います。

AIは機会や可能性のツールと考えてよい、と。

そう思います。もちろん、先ほどお話しした「下手な翻訳」のように凌駕される仕事は出てくるでしょう。ただ、働く人のスキルアップや成長に必要とされてきた仕事は残るでしょう。少し大きなテーマになっていきますが、人間社会は総じて「共生」をベースにデザインされているからです。そして、人はインターフェイスに温かみのあることやモノを選択する生き物でもありますよね。技術進化によって消えたかに思えたレコードやカセットが復活しているのもそうした例です。仮にAIの普及によってなくなる仕事ができたとしても、代わりに新たな仕事が発生していくはずですから、SFの映画のようにはならないでしょうね。

立教大学副総長 観光学部教授 舛谷 鋭
PHOTOGRAPH
國𠮷 理恵
LOCATION
ライフスナイダー館