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翻訳コラム

COLUMN

第265回可能表現って難しい

2015.12.02
通訳・翻訳家 伊藤祥雄

先日、とあるサイトで中国語力診断テストのようなものがあったので、暇な時にやってみました。

その中で、ちょっと迷ってしまった問題が1つありました(苦笑)。

どんな問題だったかというと、長文の中に出てきた「未能入睡」という言葉と置き換えられるのは次の2つの内のどちらか、というような問題でした。

未能入睡
wèi néng rù shuì
と置き換えられるのは?

A:没睡着
méi shuì zháo

B:睡不了
shuì bu liăo

さて、みなさんはどちらが置き換えられると思いますか?

僕は寝転がりながら、スマホ片手に問題に答えていたもので、あまり深く考えず、「未能入睡」には「能」があるので、可能の意味を持つ可能補語を使っているBが正解かな?それとも「未能入睡」の「未」は「没」と同じ意味だから、やはりAが正解かな?などと、ちょっと迷ってしまいました(笑)。

この問題は、そういう小手先の知識ではなく、少し深く考えれば分かることだったのですが、なんというか、「策士、策におぼれる」的な感じでしょうか(笑)。表面的なところで迷ってしまってちょっと数分考えてしまいました。

正解はA「没睡着」です。

実は、「能」を使う可能表現と、可能補語を使う可能表現では、ニュアンスが違うことがあります。たとえば以前メルマガでもご紹介したことがある次の表現。

C:不能进去
bu4 neng2 jin4 qu4

D:进不去
jìn bu qù

いずれも「进去(入っていく)」という表現の可能表現の否定形ですね。日本語だと「入っていけない」という意味です。

でも、この「入っていけない」という日本語表現、実は2つの意味があります。

1つは「中で深刻な会議を行っている様子で、とても入っていけない」というような、心理的な要因により「入っていけない」場合。

もう1つは「鍵がかかっていて中に入っていけない」というような、物理的な要因、自分の気持ちとか意思とかとは関係ない要因により「入っていけない」場合。

日本語だとどちらも「入っていけない」で済むわけですが、中国語だとこの両者を言い分けます。前者(心理的な要因)はCの「不能进去」、後者(物理的な要因)はDの「进不去」と言わなければなりません。

ですから、例えばホテルなどで部屋のドアの建てつけが悪くドアが開かなくなって、部屋に入っていけなくなってしまった場合、ホテルの服務員さんに「进不去」と言えれば事情を察してくれるかもしれませんが、「不能进去」なんて言ってしまったら「そんなことぁアタシの知ったこっちゃない」と思われてしまいかねませんね(笑)。

さて、話を元に戻しましょう。「未能入睡」は「能」を使っています。普通に訳すと「眠りにつくことができなかった」となりますが、ニュアンスとしては心理的な要因で眠れなかったという表現のようです。

実際、この時の文章の文脈では、作者が始めて外国語で外国人と会話をした日の話で、その日は嬉しくて興奮して眠れなかった、という話です。ですから、眠れなかったのは心理的な要因によります。

そんな場合は可能補語の表現はふつう使われないようです。ここのBの表現「睡不了」は、騒音など外部要因により「眠れやしない!」というような場面で使うことが多い表現ですよね。ですからここでは不適切なのでしょう。

またAの表現「没睡着」は「睡shuì」という動詞に「着zháo」という結果補語がついたものの否定形です。「睡着」は「寝付く」というような意味が出ますので、「没睡着」は「寝付けなかった」という意味で使います。こういう「動詞+結果補語」を「没」で否定する場合、その表現は「事実を淡々と述べているだけ」です。「そういう結果が生じなかった」(この場合だと「寝ようとはするものの寝付くという結果は生じなかった」という意味)という事実を言っているだけで、それが心理的要因なのか物理的要因なのかは、あまり関係ないのですね。

ですから、「未能入睡」と置き換えても問題ないのはA「没睡着」なのです。完全に同じ意味やニュアンスにはなりませんが、置き換えても文脈の中でちゃんと成立するのはAの方ですよね?

こういう問題は字面だけでなく、ちゃんと意味やニュアンスまで考えなければ正答を得られません。小手先で解いてはダメなのですね〜。

伊藤祥雄

1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了

通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当

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