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翻訳コラム

COLUMN

第283回コミュニケーションの難しさ

2016.04.20
通訳・翻訳家 伊藤祥雄

ちょっと古い話で恐縮ですが、2014年1月22日、安倍晋三首相は世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で外国メディア関係者と懇談した時に、当時の日中関係を第1次世界大戦前の英独関係に例えたとして、欧米でちょっとした騒ぎになりました。

安倍首相の真意は、「第1次世界大戦前の英独のようになってはならない」ということだったそうですが、この首相の発言を通訳が英語で伝える際に「我々は似た状況にあると思う(I think we are in the similar situation.)」と付け加えたのだそうです。首相が急に英独関係を持ちだしたことの意味を補うための付け加えだったのでしょう。しかし欧米人はそれを聞いて、日中関係はそんなにも深刻で一触即発の状態なのか?というふうに思ってしまったのです。

実際その場にいなかったので、何が真実なのか分かりませんが、つくづく通訳というのは大変な仕事だと思いますね。

もし首相の発言を忠実に訳していたのであれば、問題が起こったので通訳のせいにされた、という可能性があります。そういうことって時々あると聞きますので、今回もそれかな?と思ったりしました。

もし首相が言っていないことを通訳が付け加えてしまったのだとすれば、通訳の責任ではありますが、通訳も悪気があったはずはなく、善意であったはずです。でも善意が裏目に出てしまったのですよね。

通訳は、他人の発言を別の他人に伝えるという特殊な仕事です。だから余計に気を使いますが、自分の発言を外国語で伝える時も、同じような問題が起こったりしますので、気をつけなければいけません。こういう通訳の問題が起こるたびに、我々もそれを教訓としたいものです。

今回の問題は、「似た状況にある」という言葉が独り歩きしたような感じですね。首相は発言のその後の部分ではっきり「偶発的な事故が起こらないようにしなければ」というように言っているのですが、「似た状況にある」というのがあまりにショッキングだったのでしょう。これが評論家やコメンテーターの言葉ならばともかく、一国の総理の発言ですからね。

日本は相手の言葉の裏の意味まで読もうとする文化がありますが、他の国や文化圏ではそうとは限りません。中国もそうですね。「みなまで言わなくても分かってよ〜」「最後まで聞いてくれれば分かるから〜」は、意外と通用しないようです。

以前、日本にある中国語新聞の記者さんが日本滞在中の中国人ピアニストに取材をしにきた時、中国人同士なので通訳はいらなかったのですが、ピアニストの受け入れ機関が僕に「記者さんが遅れてきたのですが、決まった時間通りに取材を終えてくれるように、それとなく伝えてください」と言ってきたのです。

しかし、中国人に「それとなく」伝えるなんて、まぁ無理ですよね(笑)。普通に「時間までに終えてくださいね」と言っても、中国人は別に気を悪くしたりしないと思います。

また、よかれと思って言葉を付け加えるのも結構難しい問題をはらんでいます。

今回の首相発言の件でもそれが問題になっているようですね。そもそも日本語ってあまり論理的でないことが多く、外国語に訳す場合に困ることがあります。そんな時は分かりやすく言葉を補ったり、逆に省略してスッキリした形にしたりします。これはまぁ通訳や翻訳のテクニックとして許されているわけですが、時として問題が生じることもあります。

某放送局の中国語放送の原稿は、当然ながら元原稿は日本語なのですが、この日本語がですね、色々事情があって結構分かりにくい微妙な表現を使っていたりするのです。しかし、分かりにくいからといって中国語的に単刀直入にスパっと分かりやすい表現で訳すと、問題が起こったりします。ですから某放送局の中国語放送の中国語は、僕の周りの中国人にはあまり評判がよくありません(苦笑)。中国語らしくないからですね。

でも、翻訳や通訳ってそういう限界があるのです。もちろん、通訳や翻訳ではなく個人同士のコミュニケーションであれば、相手の分かりやすい表現を使うようにすればいいわけですが、それによって自分の思う微妙な気持ち(?)を伝えきれないこともあるということを分かっておく必要があります。結局日本風の気持ちは日本語でしか表現しきれないのかもしれません。

皆さんが中国語を勉強する目的は、色々あるでしょうが、やはり中国人とコミュニケーションを取りたいから、ということが必ずあると思います。

コミュニケーションを取るって難しいのですよね。日中で文化が全然違いますから、まずは相手の文化をよく知らなければなりません。上でも述べたように、日本語でしか表現しきれないことも必ず残ってしまいますが、中国語でしか表現できないこともあるということを理解しておかなければならないのです。

といって、相手に合わせてばかりいても、やはり意味がないと思います。こちらの文化も相手に分かってもらえるようにするべきでしょう。

不打不成交
bù dă bù chéng jiāo
ケンカをしなければ友達にはなれない
(雨降って地固まる)

安倍首相はこの時、欧米諸国に誤解されてしまいましたが、これはチャンスと受け止め、しっかり諸国に発言の意味を説明し、よりよく日本のこと、日本の考え方を分かってもらうことが必要だろうと思います。

翻って、我々の草の根国際交流も、中国人の考え方をよく知り、日本人の考え方を相手に分かってもらえるように、お互い頑張って行きたいものです。

一人一人が日本を背負っていると思って、民間から日中関係を改善していけるよう頑張って行きましょう〜!(ちょっと大袈裟かな・・・笑)

伊藤祥雄

1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了

通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当

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