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翻訳コラム

COLUMN

第392回“来"の話

2018.07.11
通訳・翻訳家 伊藤祥雄

僕が中国語をお教えしている生徒さん(社会人)の中に、“来 lái"が気になって仕方ないという人がいます(笑)。

ま、なかば冗談でおっしゃっている部分もあるのですが、確かに中国語の文を見ていると、“来"って一杯出てきますね。特に、「来る」という本来の意味が薄れてしまった例が非常に多く見られます。例えば:

我来看看。
Wŏ lái kànkan.
私が見てみよう。

この文は、文法的には連動文ですね。“我"という主語に動詞が2つ(“来"と“看看")続いています。しかしこの場合の“来"は本来の意味が薄れ、主語の積極性を表すと言われる用法と解釈されます。“来"は無くてもそんなに意味は変わりませんが、あれば「私がやる」というのが少し強調される気がします。

他にはこんな例も。

每年学校都会举办联欢会 来 庆祝新年。
Měinián xuéxiào dōu huì jŭbàn liánhuānhuì lái qìngzhù xīnnián.
毎年学校は懇親会を催し、(それによって)新年をお祝いする。

この文の場合、“来"は「その前に述べられる動作をすることによって」というニュアンスを表します。文法的にはこの“来"は無くても構いません。でも、よくこういうところで出てきますよね。

僕はこういった“来"についてはあまり悩んだことがなかったので、気になって仕方ないという生徒さんにうまく説明できませんでした。そこでここ数カ月、色々考えていました。件の生徒さんは半ばあきらめていて「ああ、またあれですね。はいはい。」というような感じ(笑)。こうやってなんとなく慣れていくものかもしれませんが、なんとか上手く説明できないかな〜と。

で、ちょっと気付いたのは、向きをちょっと換える働きかなと思いました。

1つ目の例文“我来看看。"で見てみますと、“我看看。"でも全然構わないわけですよね?じゃぁ、“来"は何のために存在しているのか。。。例えば、私は今は別のことしている、別の方を向いている、のだが、あなたのいる方に来て、ちょっとあなたのかかわっていることをやってみますよ。という感じ。つまり、あっち向いてたけどこっち向くよ、こっちの方に来てあげたよ、という感じなのかなぁと思いました。

2つ目の例文“每年学校都会举办联欢会 来 庆祝新年。"だと、学校は懇親会を開くけど、実はそれが本当の目的ではなくて、ちょっと向きを換えて、実は新年をお祝いするのが目的なのだよ、と言いたい感じ。つまり、まずある行いをするが、そっちの方ばかり向いているのではなく実はこっちが本当の目的だよ、こっちに来てこっちの動作をするよ、というふうに、向きを換えるために“来"が入るのかなと。

この“来"が無くても連動文の働きで後ろにある動詞句の方が大事な動作であることは明らかなのですが、ちょっと“来"を挟むことで、向きが変わったことをはっきりさせたいのでしょうね。

実際の会話の時にも、この“来"はとてもありがたい存在です。自分が話している時は、この“来"を言っている間に次の本当に言いたいところの表現を考えられます(笑)。とりあえず“来,らい〜"とつぶやきつつ時間稼ぎをすることができますよ(苦笑)。

聞いている時は、この“来"でその前後の関係がはっきりして頭が整理できます。この“来"の後ろに来る言葉が一番言いたいことなのだなと思いながら聞けるのです。

皆さんも慣れて、是非活用してくださいね。とっても便利です。

伊藤祥雄

1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了

通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当

著書

  • 文法から学べる中国語
  • 中国語!聞き取り・書き取りドリル
  • CD付き 文法から学べる中国語ドリル
  • 中国語検定対策4級問題集
  • 中国語検定対策3級問題集
  • ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本

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