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2025.06.19更新
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【品質管理課ブログ】多言語国家・中国――通訳と翻訳から見る言語の多様性

多言語国家・中国――通訳と翻訳から見る言語の多様性

世界的に見て日本はあまり大きな国ではありませんが、それでも東西南北、各地方にはそれぞれ独自の方言があります。日本の25倍の国土に56の民族が暮らす中国では、地域ごとにさまざまな言語や方言が存在する、多様な言語環境を備えています。地域間の言語の差異は大きく、ひと口に「中国語」と言っても、発音だけでなく表記も異なる場合があります。

中国語≠北京語

中国では政府が公式に定めた全国共通の言葉として「普通話(日本の標準語にあたります)」があります。「普通話」は中国北方語の語彙と北京語の発音をベースに作られたもので、全国どの地域においても学校の授業は「普通話」で行われています。表記方式は「簡体字」です。

しかし、場所によっては家庭や地域社会でその地域独特の方言が根強く使用されており、「普通話」とはかけ離れた発音や漢字表記も存在しています。特に南部方言では、昔ながらの「繁体字」を使うことが多く、簡体字が横書きであるのに対し、台湾繁体字のように縦書きが一般的の場合もあります。

今回は、中国の多様な言語にまつわるこぼれ話をご紹介しましょう。

中国の7大方言

中国には大きく分けて7つの方言があると言われています。

  1. 北方語:中国東北部、西北部、西南部など
  2. 呉語(ごご):上海、蘇州など
  3. 粤語(えつご):広東省など
  4. 贛語(かんご):江西省、湖南省など
  5. 湘語(しょうご):湖南省、広西チワン族自治区など
  6. 閩語(びんご):福建省、海南省、台湾など
  7. 客家語(はっかご):客家と呼ばれる人々が使用する言葉

その中でも代表的な方言は上海地域の「上海語」、広東(香港)の「広東語(香港語)」、台湾の「台湾語(閩南語)」でしょう。

それぞれの発音と表記の特徴を簡単に示すと、以下のようになります(発音はカタカナ表記のため、あまり正確ではないですが)。表記の方式が、標準語が「簡体字」であるのに対し、その他の方言は「繁体字」であることが分かります。

多言語国家・中国――通訳と翻訳から見る言語の多様性

地域による発音の混同―「w-h」と「n-l」

上海語の特徴として「王黄不分(“王”と“黄”を区別しない)」があります。上海語では声母(子音)の「w」と「h」の発音が同じのため、「王(Wang)さん」と「黄(Huang)さん」の区別がつかないことを言います。似たようなことは他の地域にもあり、例えば揚子江中流域の湖北省あたりでは「n」を「l」に発音します。そのため「哪里,哪里(どういたしまして)」の発音が標準語の「nali,nali」ではなく「lali,lali」になってしまいます。

昔の話ですが、友人が中国の人に日本語を教えていた時のこと。「…なければなりません」というフレーズを、何度教えても「…らければらりません」と発音するので困ってしまった、と聞いたことがありました。その時は笑い話のように聞いていたのですが、その後、自分も同じ体験をするとは思ってもいませんでした。

ある時、勤務先に中国から電話が入りました。

「もしもし、リー(Li)さんをお願いします。」

「はぁ? こちらにはリーという者はおりませんが……」

「いやいや、リーさんですよ、いるでしょ、リーさん!」

「???」

 押し問答をしていると同僚のニー(Ni)さんが「あ、僕に電話だ」。なるほど、「nがlになる」とはこのことか、と納得しました。

通訳・翻訳における言語対応

字幕やアナウンスにおける言語対応

中国や香港・台湾では、テレビや映画に字幕が入ります。中国本土ではもちろん簡体字ですが、香港や台湾では繁体字の字幕です。少し前の話になりますが、2016年2月、香港のテレビ局がニュース番組で簡体字の字幕を流したことから1万件以上の苦情が寄せられたという記事がありました。(香港テレビ番組で簡体字の字幕 苦情殺到 – BBCニュース

興味深いのは、JNTO(日本政府観光協会)の「香港ブックフェア2024」ブース放映PR映像募集の記事です。それによりますと、「音声/ナレーションあり映像」の使用言語は「広東語または日本語音声に繁体字字幕」で「標準中国語の普通話や簡体字字幕は不可」となっています。(https://www.jnto.go.jp/news/nf20240607_4.pdf

中国返還後、簡体字教育が進んでいる香港ですが、香港語(広東語)は地域の主要言語の地位を保っているようです。

また台湾では、地下鉄(MRT)の車内アナウンスに台湾華語(台湾の標準語)、台湾語、客家語、英語の「4つの言語」が使われています。台湾では地域や年齢層によって、少数ながら標準語を話さない人々もいるため、公共交通では民族言語でのアナウンスが法律で定められているそうです。言語はそれを使用する人々のアイデンティティにつながります。言葉を大切にする姿勢が感じられますね。

通訳泣かせの方言

中国の指導者の中でも地方出身者は多く、例えば毛沢東は湖南省の出身で、かなりなまりが強かったそうです。そしてこの方言や地方なまりは通訳者にとって大きな脅威(?)になります。

これも昔の話ですが、あるベテランの通訳者が会議で同時通訳をしていました。登壇者の一人は地方出身で、「ye」を「yue」と発音する癖があったようです。その発言中に「農業(nongye)」を「nongyue」と発音したため、通訳者が「能源(nongyuan)」と聞き間違えて「農業」の話が「エネルギー問題」になってしまいそうだったとか。同時通訳のため、途中で気が付いても引き返すことはできず、何とか話を合わせましたが、同席したほかの通訳者たちも緊張したそうです。文字で書けば一目瞭然ですが、方言や地方なまりには細心の注意が必要だと、肝に銘じました。

こうした失敗談は枚挙にいとまがありませんが、どこの地方でも「お国なまり」は味のあるもの。ちょっと知っているだけでも、世界が広がるかもしれません。

結び

 世界の言語の中でも中国語は特に多様性に富んでおり、その奥深さは翻訳者(通訳者)泣かせでありながら、また魅力の一つでもあります。語学力だけでなく言語の背景理解も不可欠な要素です。その言葉を使う人の立場に立った翻訳ができるように精進したいと思います。

 

書いた人
多言語国家・中国――通訳と翻訳から見る言語の多様性

 

品質管理課メンバー:Helen(中国語:海伦/海倫)

中国語をメインに翻訳チェックと校正・校閲を担当。

子どものころから『西遊記』の孫悟空に憧れ、漢詩漢文が大好き。大学も就職先もお堀端で、靖国神社と千鳥ヶ淵が遊び場の古き良き時代を過ごす。中国語を始めたのが25歳という遅咲きの桜ながら、その後商社・メーカーを渡り歩き、たどり着いたのが大学と出版社という遍歴の持ち主です。

 

 

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