第6回特許権行使における日米比較の例(実務上の問題その3)
シリーズ「特許法の国際比較」
今回は、陪審制度と特許翻訳の品質の関係についてのお話です。特許翻訳の重要性は、フェスト最高裁判決(Festo Corp. v. Shoketsu Kinzoku Kogyo Kabushiki Co. – 535 U.S. 722 (2002))によって決定的なものとなりました。
1.フェスト最高裁判決に基づく均等テスト
(出典:Patent Law, A Practitioner’s Guide, PLI)
- 第1ステップ
どのクレーム要素が均等の主張対象であるかを決定。 - 第2ステップ
対象となるクレーム要素が出願経過(米国特許庁対応)において補正されたか否かを決定。 - 第3ステップ
補正がなされている場合には、その補正で文言の範囲が狭くなっているかを決定。 - 第4ステップ
文言の範囲が狭くなっている場合には、その補正は、特許性と無関係になされたものか決定。
このテストにより、補正がなされ、その補正が特許性と関係があると判断されると、そのクレーム要素については均等論の主張ができないことになります(禁反言)。
ここで問題となるのは、特許翻訳に問題があって、不明確ゆえに記載不備(米国特許法第112条)と判断された場合に、その補正が特許性と関係があるか否かです。フェスト最高裁判決では、記載不備(米国特許法第112条)の解消も禁反言の対象となると明確に判示しました。
2.均等論と陪審制度との関係
米国特許の鑑定業務を米国特許弁護士と一緒に経験すると嫌でも分かるのですが、相手側特許のクレームとクライアントの被疑侵害品の相違が「補正されていないクレーム要素」に関わると非常に苦労します。何故なら、均等論の基準(機能(Function)・態様(Way)・効果(Result)が実質的に同一)である均等の範囲がはっきりせず、理由も無く陪審が判断するからです。
一方、クライアントの特許クレームが補正だらけだと、相手側弁護士は、非常に楽です。禁反言の判断、すなわち均等論を適用すべきか否かは、裁判官の権限の範囲だからです。
禁反言は、ここでは、「一度補正で権利範囲を狭くしたら、権利行使の段階で、それを翻して広い権利範囲を主張できない。」ということを意味します。この法理は、事実上は、均等論を封ずることになるのです。
なお、クレームの記載が不明確な場合は、審査段階では最大限広く解釈され、権利行使の段階では狭く解釈されることが原則です。
3.訴訟提起前の交渉
陪審制度は、特許紛争の交渉時にも大きな影響力を有しています。訴訟提起前は、相手側と交渉を行う一方、訴訟についての双方の負担や勝ち負けのアセスメントを行います。このアセスメントの結果を踏まえて、大半の紛争は、訴訟提起前に決着が付きます。
しかし、仮に双方の特許取得件数が同一であったとしても、一方が補正だらけの特許権を有し、他方が先行技術との差別化の最小限の補正のみの特許権を持っていたとすると、交渉は、一方的なものとなります。すなわち、「均等に関して陪審がどう判断するか分かりませんよ。」との脅しが効きます。
4.本当に価値のある特許防衛網
特許紛争は、紛争を仕掛ける側の周到な準備から始まります。紛争を仕掛ける側(たとえば競業者)は、自己の製品が相手側の特許網に捉えられているか否かを念入りに確認します。すなわち、相手側の反撃能力のアセスメントを行います。このアセスメントは、敵側の特許が補正の多い特許権だらけだと非常に楽です。
逆に、少ない中間処理で、補正が最小限の特許群で特許網が形成されていると、アセスメントに非常に骨が折れ、訴訟になっても苦労することが予測される結果となります。
5.特許翻訳の品質と特許防衛網の強さ(まとめ)
(1)高品質の特許翻訳
- 最小限の補正で、均等論により権利範囲が広い方向に不明確(陪審制度)。
- 審査官が発明の対象を正確認定するので、少ない中間処理で権利取得が可能。
→敵側に回るとやっかいな特許。
(2)低品質の特許翻訳
- 補正だらけで、均等論の適用が無く権利範囲が明確。
- 審査官が発明の対象を正確認定するので、中間処理の負担大。
→均等論の適用が無く、意見書の主張も多く鑑定の作成が楽な特許。
このように、補正の少ない特許権を多く有していれば、簡単には回避できない強い特許網を構築することができる一方、補正の多い特許は、取得しても効果が小さいことが分かります。
藤岡隆浩
弁理士・知的財産翻訳検定試験委員
日本弁理士会 欧州部長および国際政策研究部長を歴任
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