第17回ミラートランスレーション(その4:日本における取り扱い(英日翻訳))
シリーズ「特許法の国際比較」
1.ミラートランスレーションの範囲の審査基準
日本の特許法は、原文新規事項は拒絶理由及び無効理由と規定しています(特許法第49条及び第123条)。すなわち、特許の取得を拒絶され、あるいは特許後に無効とされてしまうことを意味しています。原文新規事項とは、原文(英文)に記載された事項の範囲外であって、翻訳文(和文)の記載に含まれている事項を意味します。原文新規事項は、翻訳の際における誤訳や修正によって発生します。
2.原文新規事項の判断基準
(1)審査基準の内容
特許庁の審査基準には、以下のように記載されています。
特許・実用新案審査基準 第Ⅷ部 外国語書面出願 5.1.2 原文新規事項の具体的判断基準
(1)審査基準の内容(抜粋)
まず審査官は外国語書面の語句を一対一に文脈に沿って適正な日本語に翻訳した翻訳文を想定する(以下「仮想翻訳文」という。)。その仮想翻訳文に記載した事項の範囲内のものを外国語書面に記載した事項の範囲内のものとして取り扱う。仮想翻訳文に記載した事項の範囲内であるか否かの判断基準は、「第Ⅲ部 第Ⅰ節 新規事項」における当初明細書等に記載した事項の範囲内であるか否かの判断基準と同一とする。
(2)審査基準の解説
1.仮想翻訳文
仮想翻訳文は、外国語書面の語句を一対一に文脈に沿って適正な日本語に翻訳した翻訳文として想定された翻訳文です。外国語書面出願が仮に通常の日本語の特許出願であった場合なら、どのような記載であったかを想定した逐語訳に近いものと考えられます。言い換えると、英語から日本語に翻訳されて、媒体としての言語は相違するが、内容は完全に一致するものとなります。
2.仮想翻訳文に記載した事項の範囲
仮想翻訳文に記載した事項の範囲は、仮想翻訳文に実質的に記載されている事項の範囲です。仮想翻訳文に記載した事項の範囲は、仮に日本語で特許出願がなされていたら補正が可能である範囲を意味します(第III部 第Ⅰ節 新規事項)。この範囲は、特許法第17条の2第3項に規定されており、この範囲内か否かの判断は、弁理士や弁護士にのみ許される法的な判断となります。
3.外国語書面出願と通常の特許出願の対比(基本的な考え方)
(1)外国語書面出願(出願言語が英語)
(2)通常の特許出願(出願言語が日本語)
4.実務上の指針
このように、ミラートランスレーションの問題は、弁理士や弁護士にのみ許される法的な判断を含みます。したがいまして、弁理士と翻訳者の適切な役割分担や連携が求められることになります。
次回は、今回説明した内容を法的な観点から具体的に解説します。
藤岡隆浩
弁理士・知的財産翻訳検定試験委員
日本弁理士会 欧州部長および国際政策研究部長を歴任
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