2026.07.01

200言語を学んで見えてきた「世界の言葉の地図」

第1回:200言語を学んで見えてきた「世界の言葉の地図」

多言語研究の知見を披露してほしい、というご要望を頂きました。そんな恐ろしげなことを自分はしてきただろうか、と、いささか驚いています。

学生の頃から世界のいろいろな言葉に魅せられて、あれこれと首を突っ込み、齧ったり味わったりしてきた自覚はあります。

ですがそれが世の役に立つとは毛頭思っておらず、校閲という職業に就いて便利な手持ちの技としていささか重宝してきたものの、世間に向って「こんなことをやってきたんだぞ!」と公言するのは気恥ずかしい、みっともないことだという気持ちが抑えられません。

そんな大所高所からの偉そうな高説を述べるより、上のような経験を経た人間の、世界の言語に対する率直な感触・感想や言語にまつわるいろいろな思いを書き連ねたほうが、多言語に関心をお持ちの読者の皆さんに興味を持って読んでいただけるのではないか、と考えているわけです。

私は大学で言語学科というところにおりましたので、言語に対する基本的なアプローチの仕方というのは自分なりにわきまえているつもりです。必要上その分野の用語を時には使うでしょうが、なるべく分かりやすく書きたいと思います。

世界にはどんな言語があるのか

「世界中の言語」と言っても、現存する言語だけでも数千(正確な数は不明)というのですから、その全体を把握することなど誰にもできるわけではありません。

私だって、いままで一応文法を浚った言語数は200前後(この数に驚かれませんように。あくまで「文法書を1回読んでまとめた」数であって、それだけ話せるとか読みこなせるとかいうものでは決してありません)です。

その中には古い言語や方言の類も含まれます。したがって「言語の普遍性云々」を論じることはできないのです。

とはいうものの、ある程度の数を齧り散らした上での感触というものはあります。それを書こうというわけです。

前説が長くなりましたね。本論に入りましょうか。

このように全体を正確に見渡すことは至難の業ですから、おおまかに大陸・地域別に世界の言語を概観して参りましょう。

まずは馴染みの深いヨーロッパから。

ヨーロッパの現在の言語的概観というのは、いわゆる印欧語族(インド・ヨーロッパ語族)という広い海の上に、それに属さない言語(バスク語、フィンランド語、ハンガリー語など)がいくつか浮かんでいる、といった趣です。

また印欧語族内でも比較的孤立した言語(アルバニア語、ギリシャ語など)が半島のように他の印欧語族とわずかに繋がりを保ちつつ存在している、というのが鳥瞰図です。

印欧語族は3大グループ(ゲルマン語派、ロマンス語派、スラヴ語派)とそれ以外(バルト語派、ケルト語派、ギリシャ語派、アルバニア語派)に分かれます。

言葉だけで説明されても実感しにくいので、地図を作ってみました。

ヨーロッパは言語研究が進んでいてほぼ全体的な状況が摑みやすいのでこういった地図が作りやすいのですが、他の地域ではこんなにはっきりした区分はなかなかできないと思います。

また、公用語と土着の言語の混在の問題もあるので、ちょっと複雑になります。まずは状況の把握しやすいヨーロッパから始めるのが適当でしょう。

通り一遍の解説などしても、「そんなことは知っている」「代わり映えのしない説明だ」と思われるのが落ちでしょうから、ここはぐっとプライベートな視点を導入しようと思います。

私は言語を学ぶ際に「文法ノート」というのを必ず作っています。

これは一つの言語を学習した後、その言語に触れずに時間が経ってからでも容易に文法をリファレンスできるように「なるべく共通の分類に基づいて文法を整理しておく」という方法です。

具体的には出発を英文法に置きつつも、必要に応じて文法的カテゴリーを付け足していきます。

学習した言語数が増えていくにつれ、だいたい人間の言語の共通部分というのが朧気(おぼろげ)に見えてきますから、言語学習の柱は「その言語の文法を、共通の文法形式に翻訳していく」ということになるわけです。それを基に、必要や興味に応じてその後の学習を積み上げることができます。

文法学習は多言語を学ぶための核であり近道でもあります。「文法なんて面倒なものはいらない」という意見もありますが、そうなると学べる言語数はぐっと限られてしまうでしょう。人それぞれですから、そういう方法を否定する気はありませんけれども。

さて、「本論に入る」と言っておきながら、初回は結局総論みたいなことになってしまいましたね。次回からは具体的な言語グループについてお話しすることにいたしましょう。

※バックナンバーは以下のページからご覧ください

世界の言語を旅する