- 2026.10.01
ロシア語の先に広がるスラヴ語派の世界
さてスラヴ語派の話ですが、その代表格といえばやはりロシア語でしょう。ロシア語の印象と言えば発音が難しそうで文法も複雑、といったあたりになりそうですが、スラヴ語派全体から見てどうなのでしょうか。
スラヴ語派は比較的まとまった語派ではないかと思います。互いにそれほど極端な隔たりを感じない、という印象が私にはあります。客観的な研究をしているわけではないので絶対的な確信を持って言うことはできないのですが。
一般にスラヴ語派は大きく東、西、南の3グループに分けられます。現在の公用語をグループ分けすると、
- 東=ロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語
- 西=チェコ語、ポーランド語、スロヴァキア語
- 南=(東方語群)ブルガリア語、マケドニア語
- (西方語群)セルビア語、クロアチア語、ボスニア語、モンテネグロ語、スロヴェニア語
となります。
南スラヴ語群がさらに東西に分かれていますが、このグループはバルカン半島を横切る形で分布していて、方言の連続体的な移行を示しているので全体としてはひとまとまりのグループとして扱うものの、ブルガリア語とマケドニア語は特徴的な部分があるので下位区分としてこのように区別しています。
南グループの西方語群のうち、スロヴェニア語を除く4言語はセルビア・クロアチア語という1つの言語の方言と見なしてもよいくらい似通っています。セルビア・クロアチア語は(セルボ・クロアチア語とも言いますが)以前存在したユーゴスラヴィアという社会主義国家の公用語として標準語化されていました。
しかし社会主義国としては解体して別々の国家ができてしまったので、それぞれの国の名を冠して言語も呼ばれるようになったものです(もともと方言差はあるので、別の言語だという主張もあり得るわけですが)。
しかしユーゴスラヴィア成立以前にもセルボ・クロアチア語という名称は存在したようで、ロマンス語派の回にお話ししたダルマチア語を囲むスラヴ系言語(今日のクロアチア語に近い)はセルボ・クロアチア語と呼ばれていたらしいのです。
おそらくバルカン半島のスラヴ系言語の漠然とした共通語として、そういう概念の元に呼ばれていたのではないでしょうか。
さて文法の複雑さ、という話ですが、確かにロシア語の名詞・形容詞・代名詞には6つの格(日本語なら名詞+格助詞。「○○の」「○○を」「○○に」等々を表わす)があり、それが単数と複数でそれぞれの変化をしますから合計12の変化形を持つわけで、確かに厄介です。
動詞にも現在形は3つの人称に単複があって6つの変化があります。ただし過去形は主語の性別(男性・中性・女性)の別で単数は3つ、複数は各性共通の1つの形で計4つ、というわけでちょっと戸惑うかもしれません。
前置詞はそれぞれ従える名詞・代名詞の格が決まっているので、これも英語などより難しいと言えるでしょう。しかし一旦これに慣れてしまえば、他のスラヴ語も似たような変化が多いので意外とすんなり受け入れられるのではないかと思います。
先ほど申し上げたブルガリア語とマケドニア語は名詞の格変化が消滅しているのでその分少し楽かもしれませんが、前も申し上げた通り、言語は一部が簡略化されればどこかが複雑化することが多いので、「簡単だ」と言い切るのは躊躇(ためら)われますね。
それからもう一つ。印欧語族にはもともと「双数(両数とも。英語ではdual)」と呼ばれる数の範疇があったのですが、これは2つ(あるいは2人)を特別の数として扱うもので、それに対応する特別な変化形を有していました。
印欧語族の古い言語(サンスクリット語、古代ギリシャ語、アヴェスタ語など)には双数形が存在し、おそらく他の言語も有していたと思われますが。
現代語の多くで双数形は消失し(現代ギリシャ語にもありません)、あってもその痕跡のようなものしか見当たらないのですが、その例外と言うべきものがスラヴ語派の南グループに属するスロヴェニア語と、西グループに属する(少数言語の)ソルブ語です(Wikipedia日本語版の「双数」の項ではアイルランドとスコットランドのゲール語〔ともにケルト語派〕にも双数がある、としていますが、古アイルランド語〔ゲール語の古い形〕にあった双数形は現代語では基本的に消えています)。
図1に示したのは私の文法ノートにあるスロヴェニア語の実例で名詞変化表の一部です。真ん中の列に〇の中にduと記した部分があります。これが双数の変化を示した部分です。
その次の図2はソルブ語の名詞変化表、図3はスラヴ語派の最古の文語(9~11世紀)である古代教会スラヴ語の名詞変化表(いずれもその一部)です。いずれも双数が存在します。
双数は印欧語族のみならず世界の様々な言語で見られる現象ではありますが(アラビア語にも双数はあります)、その言語の全体を通して双数があまねく配置されているかと言えばそういうわけでもなく、例えば人称代名詞にのみ見られる、という場合もあるわけです。
そしてスロヴェニア語の動詞の現在および過去の活用を記した部分(図4、5)。ここにも双数形が現れます。下にいくつか不規則動詞に関するメモがありますが、ふつうはこれを「不規則動詞」という別項目を立てて記します。
さらに図6は不規則変化動詞の逆引きメモで、不規則変化形から辞書で引くための基本形をさぐりあてるためのメモです。これは学習の途中で気付いたものを書き付けていきます(これはまだその方針が確立していない頃の記述)。
もう一つ、動詞変化の早見表というのも作ると便利です(図7)。これは動詞変化を一瞥で区別できるように作るもので、文法を一通り浚った後で必要に応じて作ります。テキストを読む場合、これがあると大変効率的です。
古代教会スラヴ語は、スラヴ語の歴史を辿る上では欠かせない言語ですが、グラゴル文字および古いキリル文字で記されていますので、その文字表というのも作らなくてはなりません。その文字表を以下に示します(図8)。数字の書き込みは、ローマ数字のように文字を数字の代用とする「キリル数字」に関するメモです。その他にも細かい注釈メモがあります。
見慣れない文字の文字表を作る時は、形を正確に写し取る必要があります。そして必ずその発音についても記入すること。条件の違いで発音が異なる場合はそれも記すことが重要です。
ここには示しませんでしたが、文字の形が似通っているものがある場合などは、別途似た形の文字をグループ分けして違いを認識させるような表を作ることもあります。
文字と音声は言語の文法記述の基本となるものですので、いいかげんに流さずきちんと記録しておきましょう。そのための工夫については、今後も触れていこうと思います。
なお、音声学の基本を知りたい方には『基礎から学ぶ音声学講義』(加藤重広・安藤智子著 研究社)を推薦します。音声をウェブサイトからダウンロードできるので分かりやすいと思います。私が大学の言語学科で学んで最も役立ったものの一つが音声学なので、多言語を学ぶ方には是非お勧めしたいと思います。

図1 スロヴェニア語の男性名詞変化

図2 ソルブ語の男性名詞変化

図3 古代教会スラヴ語の男性・中性名詞変化

図4 スロヴェニア語の動詞・現在形の活用

図5 スロヴェニア語の動詞・過去形の活用

図6 スロヴェニア語の不規則変化動詞の逆引きメモ

図7 スロヴェニア語動詞変化早見表(一部)

図8 古代教会スラヴ語の文字表
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