第13回自由技術の抗弁の利害得失
シリーズ「特許法の国際比較」
1.紛争解決手段としての観点(当事者の利益)
自由技術の抗弁は、公知技術(出願前の公知資料や製品)と被疑侵害品が極めて近似している場合には、特許権の有効性や技術的範囲を検討する必要もなく、非侵害の認定が可能である点で優れていると言えます。公知技術と被疑侵害品を対比し、「同一又は実質的相違がない」ことが確認できれば足りるからです。
ただし、特許権の有効性を検討する必要が無いので、証拠として挙げられた公知技術に基づいて特許権が有効なのか無効であるのかが不明のままとなります。
2.公共の利益としての観点(第三者の監視負担)
この問題を公共の利益の観点から以下の場合に分けて考えてみましょう。
(1)文言の範囲
公知技術と被疑侵害品が同一又は実質的相違がなく文言の範囲内である場合には、新規性がなく無効となります。新規性の基準の趣旨の一つは、以下の通りだからです。すなわち、「既存の技術に特許権を付与すべきではないということは、今日では自明のことであり、世界共通の認識となっている。」(特許法第2版(中山信弘著)P.120:平成24年9月15日)からです。
(2)均等の範囲
公知技術と被疑侵害品が同一又は実質的相違がなく均等の範囲内である場合には、特許性は不明です。均等の範囲と進歩性の範囲は、本質的に考え方が異なる基準だからです。
(3)権利範囲外
公知技術と被疑侵害品が同一又は実質的相違がなく権利の範囲外である場合にも、もちろん特許性は不明です。
このように、公知技術が文言の範囲内である場合において、自由技術の抗弁によって非侵害の判決が出たときには、本来無効である特許権によって第三者の産業活動が阻害されることになります。
3.独米日における取り扱い
(1)ドイツ
連邦特許裁判において無効判決を得ない限り、有効として取り扱われるので、被疑侵害者は、特許を無効にしなければ侵害訴訟において非侵害判決を得ることができません。このように、当事者の負担の上で公共の利益が保護されているとも言えます。
(2)米国
侵害訴訟において特許の無効が判断されると、その既判力(res judicata)は、直接的には当事者に及ぶことになります。しかし、Blonder Tongue最高裁判決により、例外はあるものの、別の侵害訴訟での無効の判断の援用を可能とし,裁判所での無効の判断が事実上の対世効を有するようになっています。
さらに、米国特許法290条によれば、米国特許法の下での訴訟が提起され、裁判所の判断が示された場合には、それぞれ1ヶ月以内に米国特許商標庁に対して通知が送付すると規定されています。この通知は、その特許のファイルに同封するとしており、任意の第三者でも当該特許のファイルを閲覧することによって、関連する訴訟の存在を知ることができる仕組みとなっています。
(3)日本
侵害訴訟において特許の無効が判断されると、その既判力は、直接的には当事者に及ぶ点は日米で同じです。しかし、権利範囲外、均等の不適用、あるいは無効の抗弁のいずれかの判断がなされるので、公知技術が文言の範囲内であるか否かの事実上の判断が裁判所でなされたことになります。
したがいまして、米国と違って無効の判断の援用はできないものの、たとえば訂正審判によって有効な権利範囲が確認されない限り、その特許権の権利行使が難しくなるものと思われます。
藤岡隆浩
弁理士・知的財産翻訳検定試験委員
日本弁理士会 欧州部長および国際政策研究部長を歴任
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