翻訳コラム

COLUMN

第440回語順の妙

2019.07.31
通訳・翻訳家 伊藤祥雄

中国語はよく「語順が命」と言われます。でも昔よく「中国語には文法がない」と言われたように、語順もゆるいように思われる側面がありますね。皆さんはどのように感じておられますか?

我々日本で教育を受けた人間のうち、多くの人にとって、初めて接する外国語は英語だろうと思います。英語は本当に語順が命ですよね。僕はかなりがんじがらめな印象を持っています。もちろん普段の会話などではもっと自由なのでしょうが、きちんとした英語は語順がかなり厳格に定められているのではないでしょうか。

そんな英語を習ってから中国語に接すると、そりゃ「中国語の語順って自由だ」って思ってしまうだろうなと思いますね。

でも、たとえばドイツ語なんて、動詞が前から2番目に来るのは決まっていますが、主語と目的語はひっくり返っても平気なんですよね。確か。名詞の格変化(正確には名詞が変化するのではなく冠詞が変化する)があるので、名詞が主格の形をしていさえすれば動詞の前であろうが後であろうが主語なのです。名詞が目的格の形をしていたら、文頭に置いてあっても主語ではなく目的語なのです。自由ですよね~(笑)。

そう、英語が世界の言語の主流のように思われることが多いかもしれませんが、実はそんなことはなく、英語って結構特殊な言語なのです。

さて、中国語の話に戻りますが、中国語も、目的語となりそうなものが動詞の前に入ってくることがありますよね。

我吃香蕉了。
Wŏ chī xiāngjiāo le.
私はバナナを食べた。

この文は典型的な「SVO」の文ですね。主語(S)-動詞(V)-目的語(O)の語順で単語が並んでいます。上の文を分析すると“我(S)-吃(V)-香蕉(O)”となっていることが分かります。中国語はこの「SVO」が語順の基本となっているので、よく「中国語は英語と似ている」と言われるのです。

しかし中国語は目的語を動詞の前に持って行くことができます。これは英語では、多分かなり難しいですね。でも中国語はそのあたり、結構自由に見えます。次の2つの方法があります。

1.単に場所を移動するだけ。(SOV又はOSV)

我香蕉吃了。

又は

香蕉我吃了。

2.“把bă”構文を使う。(S把OV…)

我把香蕉吃了。

なんて自由な!と思われるかもしれませんが、実はそれぞれ力点が違います。

1番は「バナナは食べた」という感じです。

中国語は述語より前にある成分は、その時話者が言いたいこと、話のテーマだと言われています。つまり1番の文は、述語動詞“吃”の前に“我”と“香蕉”、2つの成分があり、いずれもテーマになっていると考えます。先にあるほうが大きなテーマです。

つまり、“我香蕉吃了。”だと、「私についていうと、そして私に関するトピックの中でもバナナについて言うと、食べたんだよね」という感じです(笑)。もう少し具体的に意味するところを言ってみると、「僕ね、バナナは食ったよ」というような感じでしょうか。つまり、他のモノは食わなかったかもしれないけどバナナは食った、みたいな感じ。

“我”より先に“香蕉”を言ってしまうことだってできます。そうなると、一番大きなテーマは「バナナ」ということになります。つまり「バナナなら僕が食ったよ。」というような感じの意味になるでしょうか。文脈によって様々な意味に解釈できそうではありますが。

さて、2番の“把 ”構文を使うとどうなるでしょうか。

“把”構文の場合、“把”以後の部分が述語になるので、“把香蕉(バナナを)”のところがテーマにはなりません。だから1番とはハッキリとニュアンスが違います。

実は、“把”構文は「処置文」などと言われることもあるように、「処置方法」を強調します。つまり、「バナナ」というものに対してどのような処置を加えるか、それをはっきりと指し示すのが“把”構文の役割です。

つまり、2番の文は、「バナナ」にどんな処置を加えるか、放り投げるのか、叩きつけるのか、バナナチップに加工するのか、単に食ってしまうのか、そのところを強調するのですね。この2番の文だと“吃了”と言っていますので「食ってしまった」というところですかね。

中国語は語順がゆるくて自由だなと思われることも多いかもしれませんが、実は語順にもちゃんと意味や役割があるのです。だからこそ、多くの先生方が「中国語は語順が命!」と言い続けておられるわけです。

英語文法の価値観にとらわれることなく、中国語独特の文法を意識して勉強していきたいですね。

伊藤祥雄

1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了

通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当

著書

  • 文法から学べる中国語
  • 中国語!聞き取り・書き取りドリル
  • CD付き 文法から学べる中国語ドリル
  • 中国語検定対策4級問題集
  • 中国語検定対策3級問題集
  • ぜったい通じるカンタンフレーズで中国語がスラスラ話せる本